みんなのねがい、280、54-56(1991)
私たちは健常な子どもたちの発達に学びながら、障害を持った乳児期後半の子どもたちのための授業づくりを考えてきました。
生後6カ月前後の乳児は「いない、いない、ばあ」が大好きです。この遊びは、親しい大人との間で視線
を合わせ、笑いあう共感関係の育ちを基礎にしています。そして、この遊びの楽しさは、大人の声かけを
支えにしながら、一度視界から消えて見えなくなった人を見続けたり、再び現れてくることを期待したり
することにあると考えられます。また、こうした遊びの中で、子どもたちは外界の変化に対する期待感や
見通しをさらに育てて行くのだと思います。 障害を持った乳児期後半の子どもたちの場合、大人からの
働きかけには笑顔で応えるが、自ら笑いかけることはできない、といったように発達に弱さをもった場合
も多いようです。そこで、そうしたことも考慮しながら、私たちは「いない、いない、ばあ」の面白さを
取り入れた遊びを考えました。
2 「トントントン、こんにちは」
♪トントントン こんにちはなかから へんじ
ブーブーブー ブーブーブー
あーら ぶたさん こんにちは♪
これは、湯浅とんぼ作詞、中川ひろたか作曲の「とびらのむこうにすてきなひと」という歌です。この歌
の一節からこの授業の名前がつきました。
上半身が隠れる位の大きな段ボール箱で作った家があります。その真ん中には取っ手のついたドアがつい
てます。子どもたちが坐位をとったときにちょうどドアが顔の位置にくるように高さが合わせて置いてあ
ります。
教師は子どもを抱いて、「♪トントントン、こんにちは、なかからへんじ」と歌いながら、一緒にドア
をノックします。
家の内側には、別の教師が入って待っていて、「はーい、どなたですか」「ドアを開けて下さい」などと
声をかけます。子どもの名前を呼ぶこともあります。このようにして姿は見えないけれど、子どもの気持
ちは隠れている教師に向けられるようにします。
子どもは手を伸ばして、取っ手を引っ張ります。緊張が強かったりして手が伸ばせない子には、教師が取っ
手をつかませるように援助します。 取っ手は子どもが持ちやすいようにビニールホースで作ってありま
す。また、ドアはゆっくり開くようにひもにおもりをつけて調整してあります。
ドアが開いて、中から先生の顔や指人形などが登場して、『ご対面』となるわけです。ドアを開けた子ど
もは、先生と顔をしっかり見合わせたり、指人形と握手したりします。また、子どもの好きなオモチャを
受け取ったりすることもあります。
このようなことを子どもたちが交替で、順番に行うのです。
3 視線が上がったYさん
Yさんは、つかまり立ちや伝い歩きもできるのに、普段は視線を上げず、頭を床につけて這うことが多い子です。また、希に紙を箱の中に入れることもありますが、人との関係は弱く、大人の「ちょうだい」に
応えてものを渡すことはできません。 このようなYさんが「トントントン、こんにちは」の授業の中で
は、箱の家やドアを気にして頭を上げ、しっかりと見ることができました。中から人形や人が現れること
が分かると、取っ手に手を伸ばし、ドアを繰り返し開け閉めして遊びました。そして、次第に自分から家
に近づき、ずっと頭を上げて見られるようになりました。友だちがドアを開けたときも中を覗き込んだり
しています。
(写真:公開準備中)
写真は、中から指人形が出てきたときのものです。にっこりとほほ笑んでいます。この後、手を伸ばして人形をつかむことができました。
4 授業づくりで大切にしていること
この教材を使って、正面で大人と顔をあわせることをねらいとした授業を行うことができます。また、「いない、いない、ばあ」の楽しさをもとに、大人の持っているものにも注目させることや、大人との間
で受け渡しを促すことをねらいとした授業をつくることもできます。実際の授業では、子どもたち一人ひ
とりについて、どういうねらいを設定するのかを明確にしておく必要があるでしょう。
授業は発達の診断テストではありません。現在の発達段階が明らかにされただけでは不十分です。ある一
時間の授業だけで子どもが変わるとは言えないかもしれませんが、子どもの課題に迫る授業を追究し、一
時間、一時間を大切にしたいと考えています。
また、単に「〜ができた」ということだけを求めるのではなく、私たちはここで紹介したように、対人関
係の育ちも考えた教材の選択、授業づくりを心掛けています。
(和光養護学校 桜井 宏明)
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