「授業でパソコンを使う」
みんなのねがい、316、18-21(1994)
みなさんはパソコンにどんなイメージをもっていますか?父母や教師の中には偏った二つの考え方がみられます。一方は「パソコンで教育はできない」という
もの。もう一方は「パソコンをつかえば何かができる」というもの。いずれもコンピュータのイメージ
がつかみにくいことの証明です。
その原因は、周辺機器とソフト(コンピュータを動かすためのプログラム)を組み合わせることで、
ひろくいろいろな面で活用できる性質をもち、時代とともに、かつては計算機であったものが人と人を
つなぐメディアへとその性格を変えてきたコンピュータ自身にもあります。
パソコンは、値段も手頃になり、言葉どおり個人が所有する一般的な機器になってきました。
障害児学校ではコミュニケーションや学習を支援する機器としても期待されるようになってきていま
す。
ワープロとしての利用
しんご君は脳炎の後遺症により手指に不随意運動があり、養護学校入学前にかなを読むことができましたが、ペンで文字を書くことができません。学校では、発音機能をもった携帯用のトーキングエイドを使っ
て文字を書いていました。
小学部二年生になってから、日記の指導をはじめました。
つぎの文章は五月に妹が生まれたときに書いたものです。
いよいよしんごにいもうとができま
したなまえはのぞみですのぞみはな
いたりねたりがとてもいそがしそう
ですおわり。
きょうは、のぞみとおかあさんがかえってくるひです。おわりです。
のぞみはあかいかおおしていますう
ちでわのんちゃん、とよんでいます。
トーキングエイドでは漢字を使うことができません。一年生のときに学習した漢字はほとんど読めるようになったしんご君は、書くときにも漢字を使いたがるようになり、パソコンを使うことにしました。
実際に使ってみると、大人が使っているものを、そのまま児童にあてはめることができないことがわか
りました。
たとえば、かなを漢字に変換させるとき、習っていない漢字は変換されないようにしたほうがいいし、
漢字の学習では漢字一語ずつ変換する「単漢字変換」のほうがいい場合があります。
そこで私はしんご君専用のワープロの単漢字の辞書をつくりました。
コンピュータが子どものどの部分を「助ける」のかをはっきりさせて、それに合わせた工夫をするとい
う観点での指導が必要です。
文房具としてのパソコン
障害のあるなしに関わらず、習熟は学力をつけるための大切な要素です。障害のために鉛筆やノートが使えないことは大きなハンディです。
計算において、そうしたハンディを少しでも補おうとパソコンをノートのかわりに利用することを考え
ました。ここで紹介するのは筆算をたすける自作ソフトです。「たされる数」「たす数」などの欄が画面
に表示されて、子どもはテンキーを使って数字を入力します。
このソフトは、数日で比較的簡単につくれました。数時間の授業のために何百時間もかけてソフトをつ
くっていたのではパソコンを日常的に使うことはできません。
専門的なコンピュータ言語などを使わなくても簡単に絵や音をあつかう自主教材ソフトがつくれる環境
が整いつつあります。
漢字のくみたての学習
市販されている教育用ソフトは、それだけで学習できるようにつくられています。しかし、教室では学習のすべてをパソコンで行なう必要はありません。
たとえば漢字のくみたての単元では、まずコンピュータは使わずに、漢字を分解して「へん」と「つく
り」や「かんむり」と「あし」でできていることを学習しました。しんご君は、「きへん」「にんべん」
などを覚え、漢字をみて「○○へん」などといえるようになりました。
さらにどんな画数の多い漢字でもかんたんな漢字の組み合わせでできていること、「へん」と「つくり」
が漢字の意味とかかわりがあることなどを学習しました。
その後、「へん」と「つくり」を組み合わせて漢字をつくる自作のソフトを使って学習しました。
まずしんご君が「へん」と「つくり」を選ぶと、それが組み合わさった漢字が選択されます。読みを先
生が質問すると口頭で答えます。それからその漢字を使った文をつくります。
「パソコンが教える」のではなく、「パソコンで教える」のです。市販のソフトを含め、それを利用し
た上で授業をどうつくるかということが重要です。
文字獲得期の利用
肢体に障害のある子どもたちの中には話をすることも困難な場合が少なくありません。身ぶりや手話もむずかしいので、伝えたいけれど伝えられなくて、怒ったり泣いたりすることもあります。そこで、それ
以外のコミュニケーション手段の獲得をめざします。
私は日常生活において「いわれたことがわかる」段階にあれば、文字の学習をはじめています。
はじめは一音節一単語のことば絵と文字のカードの対応(「歯」と「は」、「目」と「め」、「手」と
「て」など)の学習をします。
つぎに覚えた文字を含んだ二音節のことば(「はし」など)を文字カードで選んで、並べる学習です。
文字数が増えてきた段階でトーキングエイドやパソコンを導入します。カード操作よりキーの方が扱い
やすく、文字盤と比べてもパソコンの方が、おした文字が表示されるので、子どもにわかりやすいようで
す。
パソコンの入力というとアルファベットとカタカナが不規則に並んだキーボードを思い浮かべる人が多
いのではないでしょうか。知的に障害がある人たちや小学生はもちろん、大人でもなじみがない人はそれ
だけで抵抗となります。五〇音配列のキーボードも市販されていますが、いずれの場合も文字を獲得しは
じめた児童にはキーの数が多すぎます。
キーの大きさや配列を自由に変えられ、キーの数も増減できるキーボードを職場の同僚に紹介してもら
いました。いまこれを使ってみようと考えています。文字の獲得から将来の書き言葉の獲得へとつなげら
れるのではないかと期待しています。
教育的視点からの検討を
現状のパソコンは決して使いやすいものではありません。また、パソコンさえつかえば新しいこと、すごいことができるというものでもありません。
一方で、利用することでコミュニケーションや学習の可能性、ひいては生活の幅がひろがることも事実
です。ここでは紹介できませんでしたが、文字の獲得以前の段階でのパソコン利用についての試行もはじ
まっています。
教育でのパソコンの利用は、子どもの認識過程のより深い理解を教師に要求しています。発達や障害、
生活実態をふまえ、どのような教材をどのように提示したらいいのかという教育的視点からの検討がより
いっそう求められています。
(さくらい ひろあき 埼玉県立和光養護学校)