「障害児とパソコン利用の問題点」

                   みんなのねがい、2000年1月号掲載


 全国障害者問題研究会の発行する月刊誌「みんなのねがい」(特集:インターネットと障害者)に掲載された原稿です。


1 はじめに

 技術の進展に伴って障害者とコンピュータのつながりはますます深まってきています。障害児教育の分野でも、コンピュータ(パソコンをはじめとする電子情報機器)を利用して学習する有効性が指摘され、実際に障害を補って、コミュニケーションや学習を支援する機器として広く利用されています。もはやコンピュータや電子ネットワークを利用した実践はめずらしくありません。

 今年3月、埼玉県では、ろう学校や肢体不自由養護学校などに各教室2台のノートパソコンと校内のネットワークが整備され、インターネットとの接続が実現しました。これは県の「景気対策」の一環として実現したものです。さらに「失業対策事業」として教職員を対象としたパソコン講習会に講師が派遣されることになりました。いづれも現場からの要求にもとづくものではありません。

 その一方、パソコンやネットワークを保守・管理するための人的支援はほとんどなく、現場の教員に大きな負担を強いています。現場の教師が求めているのは、教師の替わりに子どもにパソコンを教える人を派遣したり、教職員向けに代表的なソフトの習得を目標とした講習会を開催することではありません。

 このように実際の学校教育でのコンピュータ、ネットワークの利用は問題点も多く、機器は普及しても実践が普及しない状況にあります。

 

2 新学習指導要領と「情報教育」

 

 自治・文部省は、コンピュータを一九九四年度からおおむね六年間で小学校では学級定員の半分、中学校・高校・障害児学校では学級定員と同じ台数の整備を進めています。文部省調査によれば、現在、ほぼすべての学校に設置され、障害児学校の平均設置台数は計画を上回るまでになっています(図1)。
 
 さらに文部省は、二〇〇一年までにすべての学校にインターネットを接続する計画を発表しています。ここ数年インターネット接続校数は急増していて、障害児学校でも九八年度は三三四校(三六・三%)に増えています(図2)。
 
 新学習指導要領によれば、高校では全員を対象とした「情報」という教科が新設され、「情報活用の実践力」をねらいとした「情報A」、「情報の科学的な理解」をねらいとした「情報B」、「情報社会に参画する態度」をねらいとした「情報C」の中から一科目を選択して学ぶとされています。しかし、「具体的な学ぶ対象から切り離して『情報活用能力』が育てられるのか」といった批判があります。

 一方、小・中学校では、「総合的な学習の時間」などを活用して「情報教育」が行われることが予想されます。「総合的な学習の時間」については、「基礎基本の軽視に結びつきやすい傾向がある」という批判があるうえ、「そもそも学校でコンピュータ教育を行う必要があるのか」という疑問も出されています。

 

3 教育での利用が進まない要因

 

 機器の普及に比べ、教育実践でのコンピュータ利用は進んでいません。その要因としていくつかのことが考えられます。

 一つは、児童生徒および教師にとって「パソコンそのものの操作が容易ではない」ということ。最近ではコンピュータ性能の向上に伴って基本ソフトの操作性が進歩し、以前に比べるとやさしくなったといわれますが、まだまだ家電並とはいきません。

 もう一つは、「コンピュータは道具としての性格がわかりにくい」ということ。「専用機ではない」、「完成した技術ではない」、「時代とともにその性格を変えてきている」ことによってその性格がわかりにく道具です。

 さらに、時代とともに変化する産業界の人材育成の要求に教育行政がふりまわされ、教育現場が混乱してきたことも要因としてあげられます。

 これらに加えて、障害児教育においては、「障害に伴う学習の困難さを補うための利用」と通常の教育と共通する「情報活用能力育成のための利用」が混在して、その教育的位置づけを混乱させている問題もあります。

 

4 パソコン利用の実際

 

 肢体不自由養護学校を例に考えてみましょう。

 肢体不自由養護学校では、表現手段を補う目的で使われていた文字盤や電動タイプライタにかわって、比較的早くからパソコンやワープロ専用機が導入されました。

 電動タイプライタに比べ、ワープロ専用機は漢字の扱いが比較的容易、入力ミスの訂正が容易、情報の保存や受け渡しが容易というメリットがありました。さらに、一人ひとりに合わせた入力環境を準備しやすい、発達や障害の変化への対応がしやすい、情報交換の互換性が高いという理由からパソコンが選ばれました。

 当初、教師には子どもにあわせた入出力装置の自作や学習ソフトウェアのプログラミングが求めらることもありました。電子技術などの工学的知識・技能を持たない教師には近づきにくいものでした。

 今日では、基本ソフト自身が入力補助ソフトを備えていたり、障害を補うための特別な入出力機器が製品としてもたくさん普及してきているので、必ずしも自作する必要はなく、予算が許せばこうしたものを利用すればよくなりました。また、自作ソフトを創る場合でも、作成を支援してくれるソフトがあるので、コンピュータ言語は必ずしも必要としません。教師に求められる知識・技能は、むしろ教育の専門家としての「教育的視点で入力機器やソフトを選び、それらを道具として使って、いかに学習の普遍性を保障し、発達を保障するのか」を構想する能力ということができます。

 

5 教育的検討のたちおくれ

 

 「機器が導入されたのだから使わなければならない」という発想で、教育的な吟味を行わずに、市販されている学習ソフトなどを安易に授業に取り入れる傾向が一部に見られます。ともすればコンピュータをはじめとする情報技術の圧倒的な発展に圧倒され、教育の領域においてコンピュータをどう使うのかという狭い視野に陥りがちで、何を目的として機器を導入し、どの部分をどう援助し、何を獲得させるのかという学習過程にまで立ち入って検討するといった、コンピュータ利用の教育的視点からの検討が遅れているといわざるをえません。

 また、最近では重度重複児に対して、さまざまなスイッチと電動おもちゃなどを組み合わせた「シンプルテクノロジー」といわれる取り組みも広がってきていますが、発達的視点をもって、「子ども−おもちゃ」だけの関係にせず、「子ども−おもちゃ−おとな」の関係が育つようにしたいものです。

 今日、教師に求められているのは具体的教育実践を交流しあい、教育的視点から検討を加えるというものではないでしょうか。

 

6 おわりに−行政責任による人的サポート

 

 障害児教育のコンピュータ利用においては、その教育的検討を進めるとともに、教育行政による支援体制を整えることが必要です。

 パソコンを必要としている人が技術の恩恵を受けられるように、障害を補うための入出力ソフト・機器を開発し、安価に提供すること(障害者の場合には公的保障の確立も含む)、サポート体制の確立も含め操作を容易にすることが必要です。

 教師に対しては、入出力機器や学習支援のためのソフトウェアの開発・提供はもちろんのこと、情報機器や情報ネットワークを構築、運営・管理する人的サポートに行政が責任を持つことが求められています。


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