さいたまの教育と文化 32号 

障害児教育研究委員会  櫻井宏明(川島ひばりが丘養護学校)

 いま、障害児教育は大きな転換期を迎えています。

 国・文部科学省が進めようとしている「特殊教育」から「特別支援教育」への改革に加え、埼玉県では「埼玉県特別支援教育振興協議会(特振教)」最終報告に沿った改革が進められようとしています。

 ここでは、障害児教育をめぐる国の動向と県の動向について概観し、すべての子どもたちの豊かな発達をめざして、保護者・父母と手をつないで、埼玉県高等学校教職員組合(埼高教)障害児教育部や埼玉県教職員組合(埼教組)障害児教育部がどのような運動を進めてきたのかを報告したいと思います。

 

1.「特殊教育」から「特別支援教育」へ

 2003年3月、文部科学省から「今後の特別支援教育の在り方について」(「最終報告」)が出ました。

 この「最終報告」では、これまで「特殊教育」の対象は、障害児学校(盲・ろう・養護学校)や障害児学級(特殊学級)で学ぶ子どもたちでしたが、今後は「特別支援教育」として、対象を広げ、通常の学級で学ぶ学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)、高機能自閉症など軽度発達障害の子どもたちを加えるといっています。

 いままでこうした子どもたちが通常の学級に在籍していても、特別な教育的ケアは皆無でした。現場の教職員の献身的な努力によって支えられてきたといえます。今後は「特別支援教育」の対象として何らかの支援が期待できるというのですから、歓迎すべきことです。

 ところが、『最終報告』では教職員を増やし条件整備を行うのではなく、今ある障害児教育の「人的・物的資源の再配分」ですすめるといっています。

 現在、盲・ろう・養護学校に在籍する子ども、小中学校の障害児学級や通級指導教室で指導を受ける子どもをあわせても全児童生徒に占める割合は1.2%程度です。一方、学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)、高機能自閉症などの子どもたちの割合は、6.3%ともいわれています。したがって、「支援」の対象は一挙に5倍程度に拡大されることになります。しかし、そのためにそれに見合う職員の配置や予算の保障がないのですから、いままでの障害児教育の質は低下し、通常の学級に在籍する子どもたちへの支援は不十分なものとならざるをえません。

 保護者や教職員など関係者から「障害児教育のリストラになるのでは」との懸念が表明されるのも当然です。

 

2.障害児学級(特殊学級)がなくなる?

 「最終報告」の中で、保護者や教師をはじめとする関係者に、特に大きな不安を与えていることが、固定式障害児学級と通級指導教室を廃止し、特別支援教室を置くとしたことです。

 「特別支援教室」では、障害児学級に在籍していた子どもはすべて通常学級に在籍することになります。子どもによって特別支援教室で過ごす時間は違ってきます。これで子どもの発達に必要な仲間集団が保障できるのでしょうか。独自の生活や行事に取り組むことができるのでしょうか。

 子どもによっては全ての時間を特別支援教室で過ごすこともあるかも知れません。しかし、「教室」が「学級」と決定的に違うのは、担任教師の保障がないということです。教員数は学級数にもとづいて決められるので、「学級」であれば教員の保障がありますが、「教室」にはありません。

 「教室」が子どもにとって安心できる場になるのか、子どもの発達と障害に応じた系統的な教育が保障できるのか疑問があります。

 

3.「特別支援学校」のセンター的役割とは?

 また、盲・ろう・養護学校についても障害種別の学校設置ではなく、「特別支援学校」とするということを提案しています。

 その上、「特別支援学校」では、新たな教員の配置をしないなど十分な教育条件の整備をしないままで、地域の障害児教育のセンター的役割を担わせようとしています。埼玉県でも、国のモデル地域となった熊谷市、さいたま市、戸田市を校区にする養護学校で「コーディネーター」を決めて、地域の支援をはじめようという具体的な動きがあります。

 教員を増やさないで地域の支援を進めることは結果的に障害児学校での教育内容の質的低下を招くことは明らかです。

 

4.保護者に広がる疑問と不安

 文科省は、「特別支援教育」制度化への大転換に向け、2007年度までに全国全ての学校で特別支援教育体制を完成させ、2010年以前に構想全体を実現させる等の到達日標を掲げて、都道府県教育委員会はじめ教職員・関係者の意識改革や関連法改正に向け精力的な動きを展開しています。

 しかし、文科省による「特別支援教育」制度改革に向けた拙速なゴリ押しは、多くの障害児教育関係者の疑念を深め、矛盾を生み出しています。保護者や教職員からは豊かな教育のために一層の教育条件整備を求める声が広がっています。全日本教職員組などがすすめた「特別な手だてを要する児童・生徒の豊かな発達保障のための要請」署名は瞬く間に全国で8万筆を超えました。

 「障害児教育のリストラによる特別支援教育には反対」の全国的な運動、マスコミの対応、地方自治体や教育委員会などからの意見等のなかで、文部科学省は「多くの意見を聞きながら慎重に今後のあり方を検討する」と表明せざるを得なくなりました。

 

5.トップダウンでの「特振協」の設置

 このような国の急速な動きに対し、都道府県レベルでは、これに歩調をあわせる動きが出てきています。

 埼玉県の場合は国の動向とやや違う部分もありますが、基本的には国の動向(リストラ路線)に沿うものです。

 発端は土屋知事(当時)の「全障害児に普通学級籍を」という03年の新春インタビューでした。

 この発言は02年度から検討されてきた「彩の国障害者プラン」の流れをくむものでありましたが、当時04年度に予定されていた「知事選の目玉にしたい」という政治的思惑もあったようです。したがって、「特別支援教育振興協議会」の審議日程は知事選挙から逆算したものとなりました。また、「ノーマライゼーションの理念に基づく新たな教育システム」という諮問内容もそれまでの障害児教育の歴史や経過をふまえたものではなく、当面する埼玉の障害児教育の課題に十分に応えたになっていませんでした。

 特振教の委員の構成についても問題がありました。「ノーマライゼーションの理念に基づく教育」の当事者である埼教組や埼玉県特殊学級設置校長会などの代表が委員からはずされました。

 

6.埼高教、埼教組、障埼連、全障研の共同

 特振教の審議にあわせて、埼高教と埼教組の障害児教育部では定期的に会議を持ち、埼玉の障害児教育政策について話し合いをおこないました。

 両教組では、教職員や保護者に特振教の委員会や小委員会への傍聴を呼びかけました。さらに、保護者・父母との学習運動を組織しました。

 04年8月22日には、両教組に加え、障害者の生活と権利を守る埼玉連絡協議会(障埼連)、全国障害者問題研究会(全障研)埼玉支部との共催で「どうなる? どうする? 障害児教育」8・22シンポジウムを開催し、保護者・父母を含め150名以上の参加者で成功させました。

 1979年に養護学校義務制が実現し、四半世紀が経過しました。私たちは一貫して「学校に子どもをあわせるのではなく、子どもにあわせた学校・教育内容をつくる」という視点で「権利としての障害児教育」の発展をめざしてきました。今日、障害児学校や障害児学級に学ぶ子どもだけでなく、通常の学級に在籍する軽度発達障害の子ども、そして障害をもたない子どもも含めて、すべての子どもたちの発達を保障するという視点で、多くの人の力をあわせて教育条件整備を進めていくことが大切であることをこのシンポジウムで確認しました。

 

7.学習運動の広がりとパブリックコメントの取り組み

 埼高教・埼教組の障害児教育では地域、支部・分会での学習運動を呼びかけました。

 これに応えて、埼高教の約半数の分会で学習会が開催されました。また、埼教組や埼高教の支部ごとの学習会もたくさんおこなわれました。さらに、地域を単位とした学習会も4カ所で開催され、就学前の保護者の参加もあり、保護者や地域の様々な団体との連携が進みました。

 この他にも障害者団体、各地の親の会や障害児学校のPTAの学習会などが開催されました。

 03年9月12日から10月3日にかけて特振協は「中間のまとめ」に対する意見募集(パブリックコメント)をおこないました。委員会が意見募集を行うことは異例なことだそうです。これは「保護者などの当事者や関係者の意見を聞け」という私たちの要望が反映された結果です。

 さまざまな学習運動が大きな力となって、特振協「中間答申」には541人から1004件という多数の意見が寄せられました。その主な意見は、「人的・施設設備の充実を求めるもの」が602件(60%)、「特殊学級などが廃止されるのではという不安表明」(149件15%)、「時間をかけた充分な協議を希望するもの」(111件11%)でした。「全ての児童生徒が通常の学校(学級)で学ぶべきとするもの」はわずか18件(2%)にとどまりました。教職員の配置や施設設備を中心とする教育環境を整備しない「ノーマライゼーションの理念に基づく教育の推進」に圧倒的多数の県民、保護者、教育関係者から不安や疑問の声が寄せられました。

 

8.「二重学籍」とはいえない「支援籍」

 2003年11月20日、特別支援教育振興協議会は検討結果をまとめ、県教育長に報告しました。ここでは「支援籍」が提案されました。現在でも一部でおこなわれている障害児学校に在籍しながら自分の居住している地域の小中学校と交流をおこなうこと(居住地校交流)や小中学校に在籍しながら障害児学校での支援を受けること(通級指導)をさらにおこないやすくするためのもので、希望する児童生徒に交流校や通級校の「支援籍」が与えられます。

 土屋前知事は当初、「全障害児に普通学級籍を」という構想のもと、「二重学籍」の実現をめざすと主張していました(03年4月30日付朝日新聞)。

 「学籍」という法令用語はありませんが、学齢簿に記載のある就学校への在籍を一般に学籍といいます。これを子どもの立場で考えるならば、学籍とは、子どもの発達や成長にどこが責任を持つのかを保証するものと考え低位のではないでしょうか。

 そうであるならば、「二重学籍を与える」ということは、教職員定数をそれぞれの「学籍」(学校)でカウントし、関係する学校が共同で子どもの発達・成長に責任を負うことが保証されなければならないはずです。

 ところが、特振協の検討結果では、「支援籍」の子どもは学級定数に含めず教職員を増員しない、「共同」についても「個別の支援計画」をつくれば事足りるとしています。こうした「支援籍」の構想を「二重学籍」と呼ぶことはできません。

 「支援籍」にともなって人的な配置や教育条件の整備などの財政的な面での担保がないため保護者や教職員など関係者は大きな不安を抱きました。

 さらに、「支援籍」によって子どもたちの成長や発達にどんなメリットがあるのかを問う声も出ています。そもそも「学籍」がどうということよりも、子どもの豊かな発達が保障されることが大切です。「支援籍」を新設しなくても養護学校に在籍しながら「通常の学級」や「特殊学級」との交流を進めることや「通常の学級」に在籍しながら「特殊学級」や養護学校での特別な支援(通級指導)を受けることは可能です。そためには「通級指導教室」の飛躍的拡大・専門的な教職員の配置、障害児学級の設置率を高めること、知的障害の養護学校を分散設置することこそが必要です。

 

9.特振教「検討結果報告」の改善点と問題点

 特振教での組合代表委員などの奮闘やパブリックコメントの取り組みなどによって、「検討結果報告」でいくつかの改善を勝ち取ることができました。

 一つは、当初検討の俎上にのぼっていなかったLD、AD/HD、高機能自閉症などの問題を文章にある程度盛り込むことができたことです。

 また、深刻な教室不足をはじめとする教育条件整備の問題が取り上げられ、不十分ではありますが教育条件整備について文章として盛り込ませたことです。

 しかし、「検討結果報告」には大きな問題点があります。私たちは次のような問題点を指摘しています。

 1)短時間で拙速に結論が出されたこと

 埼玉の歴史をふまえ、現状を分析した上での十分な論議がおこなわれたとはいえません。

 2)パブリックコメントに示されたような関係者の切実な願いに応えていないこと

・「ノーマライゼーション」をいうのであれば、特別な支援を受けることなく通常の学級に6%いるといわれているLD、AD/HD、高機能自閉症の児童生徒に対する施策こそ切実で、緊急の課題です。

・深刻な教室不足の抜本的解決には「高等養護学校の建設」では不十分で、学校増設が不可避です。

 3)「ノーマライゼーション」概念の十分な吟味がされていないこと

 「ともに学ぶ」ことと「子どもにあった教育の保障」を対立的に描き出し、二者択一を迫るのは「貧しい選択」です。障害にあわせた手だてをしないでの形式的に「統合」をすすめることは「ダンピング」だと国際的に批判されています。「ノーマライゼーション」にともなう教育条件整備が不十分です。

 4)教育条件整備の視点が弱いこと

 「心のバリアフリー」や「教員の意識改革」のみが強調され、教育条件整備についての教育行政の責任が免罪されかねません。障害児教育の「リストラ」路線に道を開くことになるのではないかと危惧されます。

 5)現行制度の枠内での提案であり、国・文部科学省の動向によっては「特別支援教育」路線に飲み込まれかねないこと

 6)地域が強調されているが、リアリティのある「地域」が構想されていないこと

 いたるところで「地域で共に」といいながら、リアルな地域の姿が見えてきません。養護学校には地域のセンター的機能が期待されていますが、適正規模化や小規模・分散化などに言及ししていないので、リアリティがありません。

 7)「個別の教育支援計画」の作成責任がはっきりしていないこと

 計画が実効性を持つためには医療や福祉、労働などの他分野との連携や協力の仕組みが必要不可欠です。また、実際に提供されるサービスが貧しければ、個別の教育計画が作成されたとしても、それは絵に描いた餅になりかねません。

 8)就学相談などで地域格差の拡大を助長しかねないこと

 

10.就学指導・相談の充実

 このような国や県の「障害児教育の転換」の動向を反映して、就学相談や就学指導も変わろうとしています。

 現状では確かに問題の多い就学相談・指導システムなので、一部の自治体では「就学指導委員会の廃止を」という声もでています。しかし、私たちはこれを廃止するのでなく、民主的に充実させること〜障害児等の発達権・学習権を保障する就学相談・指導の確立〜が必要だと考えています。

 特振教「検討結果報告」では就学指導委員会を「就学支援委員会」に改組し、相談機能を充実するように提言しています。 

 さいたま教育文化研究所障害児教育研就学究委員会では、1999年から2001年にかけて、県内各地の自治体での就学相談・就学指導システムの実態調査、および障害児の保護者に対するアンケート調査にもとづいて「私たちの提言」をまとめ、発表しました(「研究報告集 就学相談・指導システムの研究」)。自治体を基本に、人口5〜10万程度を単位(基本教育圏)として就学のシステムを確立・整備することを前提に、就学指導委員会については次のような改革を提言しています。

 1)就学措置を判断するだけでなく、大綱的な個別の教育計画を作成する機関に

 2)障害児の特別な教育的ニーズ(障害の種類と程度等、その他特別な教育的ニーズ)を認定し、特別なケア(就学措置の判断や大綱的な個別の教育計画の作成、教育条件の整備等)の保障を対応する教育委員会に対し勧告する機関に

 3)障害児など特別な教育的ニーズをもつ子どもの特別な教育的ニーズと特別なケアへの権利を保障しているかをフォローアップし、レビューする機関に

 

 相談・指導の中心は各市町村の教育行政なので、その自治体ごとの就学指導・相談システムの質的向上が問われています。

 また、適切な就学先の決定については、今まで以上に保護者自身が情報を集め、判断することが求められるようになってきています。03年度、さいたま教育文化研究所障害児教育研究委員会では「障害をもつ子ども・気になる子どものための就学ガイド」という冊子を作成しました。就学を控えた保護者ならびに関係者の方に、現時点で就学相談や指導のシステムがどうなっているのか、どのような就学先があるのか、それぞれでどのような教育がされているのかを知っていただき、子どもたちの適正な就学保障の参考にしてもらおうと企画したものです。

 

11.私たちの運動の成果と課題

 私たちは特振教を中心に保護者との共同した学習運動を進めてきました。関係者の連携や共同、地域でのネットワークが前進しました。

 その結果、国や地方行政の動向を学び、批判的に検討することが一定程度できました。また、学んだことを原動力として、「特殊教育」に携わってきた関係者とも連携して、教育条件を整えないで通常の学級に障害者を放り出す「ダンピング」について一定の歯止めをかけることができました。

 しかし、「特別支援教育」=「障害児教育のリストラ」路線は確実に進行しています。私たちはその動向をしっかりとつかみ、保護者との共同の学習運動、教育条件整備の運動を進める必要があります。その際、長期的なプラン(対案)だけでなく、当面のプランについても検討してくことが課題となっています。

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