1999年度 埼玉大学での長期研修での研修成果を「障害者問題研究」誌に投稿したところ,

第28巻4号に掲載されました.ここにその論文を転載します.

 


個別指導計画と「指導のめやす試案表」の作成

−埼玉県内の肢体不自由養護学校小学部の実態表の分析をとおして−

 

櫻井 宏明

(埼玉県立川島ひばりが丘養護学校)

 

要旨:埼玉県内の肢体不自由養護学校教員からの聞き取りで,現場の教職員が求めている個別指導計画は,個別の「指導計画」,すなわち「授業づくりでの個別的なアプローチ」であることがわかった.授業づくりに役立つ個別指導計画にするためには個人ごとの学習のねらいと集団としての学習のねらいとの関連をはかる必要があると考えた.

 埼玉県内の肢体不自由養護学校小学部に1999年度(一部1998年度)在籍する全児童381名を対象に,各学校が作成している「個人の実態表」を調査し,子どもの実態を分析した.その結果,7段階の発達段階に分けられることがわかった.発達段階ごとに「子ども像」を明らかにし,実践的知見を加えて「課題・活動の柱」と「配慮事項」を設定して,授業づくりの参考となる「指導のめやす試案表」を作成した.これを導入することで,個人ごとの学習のねらいと集団としての学習のねらいとを関連づけることができ,子ども一人ひとりに配慮した授業づくり,学習集団編成や教育課程編成の参考にもなることを述べた.

 キーワード:肢体不自由養護学校,個別指導計画,実態把握,発達段階,教育課程,

      指導のめやす試案表

 

1 問題と目的

 

 文部省が学習指導要領にその作成を明記するなど,各方面から個別指導計画の必要性が主張されてきている(文部省,1999).

 筆者は埼玉県内の肢体不自由養護学校全6校を訪問し,教務主任,小学部主事や教育課程検討委員会委員長などから聞き取りをおこなった.それによると,どの学校でも重度・重複化,障害の多様化に対応して,すでに一人ひとりに応じた何らかの指導計画を持ち,個に応じた教育実践を行ってきているとのこと,個別指導計画を「『個別指導』の計画」とは考えず,「個別の『指導計画』」ととらえているとのことだった.これは,清水(1997)がいう「教育内容の個別化と指導の個別化とは区別されるべきであり,前者は,集団での子どもの社会化が学校教育の重要な任務であることを考えるなら,自ずから限界があるばかりか,その徹底は,究極的には,学校教育の否定ないしは複線化を招致」しかねない,「個別指導計画」は授業づくりでの個別的なアプローチと考えるべきであろうという主張を支持するものといえる.

 いいかえると,教師たちは,個別指導計画によって,個人ごとの学習のねらいと集団としての学習のねらいとをつなげて,子ども一人ひとりの学習課題に応える授業をつりたいと望んでいるといえる.

 一人ひとりを大切にする授業づくりに役立つ個別指導計画を作成するために,筆者は発達的視点から学習のねらいを整理し,個々人の学習のねらいと集団としての学習のねらいとを関連づけ,その上で障害などによる個々人の指導上の違いにも配慮を払うことが重要と考えた.

 そこで,県内の肢体不自由養護学校小学部に在籍する子どもたちの実態に基づいて,個別指導計画作成の指針となる「指導のめやす試案表」の作成を試みることとした.

 現在,多くの学校が発達的実態把握の指標として用いているは,学習指導要領に示された4つの教育課程に基づくものである.すなわち,「準ずる」教育課程,下学年の目標・内容を適用する教育課程,知的障害を併せ持つものに対応した知的障害児学校の学習指導要領を援用する教育課程,「学習が著しく困難」な重複障害者に対応した養護・訓練を主として指導する教育課程のうち,どの教育課程を履修させたらいいかを基準として発達的区分を行うものである.

 これには次のような問題点がある.

?領域・教科ごとに現象がばらばらに把握され,子どもの全体像が把握されにくい.子どもの中心的発達課題を示せない.

?発達区分の幅が大きすぎる.実際,調査した中でも大部分の学校で,さらに小さな学習グループに分けていた.

?基準が明確ではなく,評価が主観的になりやすい.学校ごとに基準が異なるばかりか,同一学校においてさえ混乱がみられた.

 さらに,肢体不自由養護学校において各種の発達検査による実態把握には困難な面がある.

?肢体不自由養護学校の子どもたちは「話し言葉」を持たない重度の子どもが多く,言語による課題を中心とした検査法が適さないことが多い.

?肢体障害があるために認識発達と体の発達とのアンバランスがあり,既存のアセスメントテスト(心理テスト,発達テスト)を使っての「〜できる」「〜できない」では判断しにくい.

?既存のテスト自体が「諸能力と感情や意志など人格的なものとの発達的相互関係を確実にとらえるところまでは至ってない」(茂木 ,1984)という限界がある.

?実践的な「子どもの発達・教育診断」には,発達の遅れやつまづきを指摘するだけでなく,どういう援助を求めているのかを明らかにし,実践的な指導の手がかりを与えることが求められているが,それに応えられるものが少ない.

 そこで,本稿では,埼玉県内の肢体不自由養護学校小学部全児童を対象に,各学校が作成している「個人の実態表」(年間教育指導計画書などに記載されている現場の教職員がとらえた子どもの実態,以下「実態表」)を調査・分析し,その結果に基づいて独自の発達区分を提起する.

 その上で,その発達段階ごとの「子ども像」を明らかにし,実践的知見を加えて「課題」や「配慮事項」を設定する.それらをあわせて,授業づくりの指針となる「指導のめやす試案表」を作成し,個々人の学習のねらいと集団での学習ねらいとを関連づけることを試みる.

 

2 研究方法

 

 (1)対象

 筆者は,埼玉県内の肢体不自由養護学校全6校を訪問し,各校で作成された平成11年度(一校のみ10年度)個々の子どもの「実態」が記載されている資料(「年間指導計画表」「個別実態表」など)を収集した(1999年7月〜8月).「個別指導」が中心である訪問教育を除き,小学部の全児童381名について各学校の教師が文章で記述した「実態表」を調査対象とした.

 (2)手順

 個々の児童の「実態表」は,文章で記述され,学校ごとに記述の形式,項目,文章量など様々であった.それぞれの担当教師あるいは担当教師集団がとらえたもので,同一校においてさえも,取り上げられている項目や表現の仕方は統一されていない.

 これらを比較,検討できるように,全ケースを調べ,記述されている文章を分析し,共通するものや関連するものをまとめ,94項目を取り出した.この際,たとえ記述は同じであっても発達的には違う姿を表現していることがあるので,文脈全体から判断して,区別した.

 94項目を関連する6領域に分類した.すなわち,「生理的基盤に関すること」(6項目),「生活学習に関すること」(11項目),「身体・運動機能」(10項目),「障害・問題行動」(11項目),「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」(46項目),「あそび・興味」(10項目)である.

 このうち「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」の領域に属する項目を発達段階を区分する指標とすることにした.

 肢体障害という理由からか,手指の操作性や道具の使用に関する項目の記載は少なかった.独立した領域は設けず,「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」に含めた.

 「あそび」は発達の重要な指標の一つではあるが,さまざまな要素を含んでいるので,それだけでは発達を判断しにくい.子どもの自発性があらわれているものであり,教育実践上重要な手がかりを与えてくれるものなので,独立した領域として設定した.

 実践的経験にもとづいて,「知的能力を基礎にしながら,他者や自己との気持ちの調整のしかたを軸として7つの発達段階に区分できる」という仮説を導入し,「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」領域の46項目を,西村(1996),田中昌人・田中杉恵(1981〜1988)の発達研究の成果を参考に,7群に分類した.すなわち,発達年齢0〜4カ月に対応する項目を?群,発達年齢5カ月〜9カ月に対応する項目を?群,発達年齢10カ月〜1歳前半に対応する項目を?群,発達年齢に1歳後半〜2歳前半に対応する項目を?群,発達年齢2歳後半〜3歳に対応する項目を?群,発達年齢4歳〜5歳前半に対応する項目を?群,発達年齢5歳後半以上に対応する項目を?群とした.

 全381ケースについて,「実態表」に記載された具体的な記述を文脈全体にそって読み取り,解釈し,領域・群で整理した項目ごとに「いつもみられる」「ときどきみられる」をチェックして,一覧表を作成した(表1).

表1 「教員がとらえた子どもの実態」分析表作成例 

?「生活基盤に関すること」(発作,体温調節・呼吸・痰,睡眠覚醒リズム,摂食動作・食形態など6項目)については,常時みられる場合や重篤な場合は■,ときどきみられる場合はとした.

?「生活学習に関すること」(食事動作,排泄,衣服の着脱など11項目)については,自分でできる場合は■,介助を必要とする場合やときどきみられる場合はとした.

?「身体・運動機能」(姿勢,移動など10項目)のうち「姿勢」については,安定してその姿勢がとれる場合は■,不安定であったり,一部介助を必要とする場合はとした.「移動」については,寝返り,腹ばい・四つ這い,歩行が日常的に可能な場合は■,背這いやバニーホッピングなどで替えている場合や歩行にクラッチやウォーカーなどの器具を使用したり支え歩行の場合はとした.車椅子については,乗り降りの自立については問わず,移動が自由にできれば■とした.

?「障害・問題行動」(拘縮・側弯・変形,まひ・筋緊張の異常さ,併せ持つ障害,常同的行動・自己対象的行動,自己主張・要求の弱さ,障害名など11項目)については,障害の程度が重い場合は■,軽い場合はとした.たとえば「全盲」は■,「斜視」は

?「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」(46項目)については次の7群に分け,いつもみられる場合は■,ときどきみられる場合はとした.

(?群)発達年齢0〜4カ月に相当する項目,(?群)発達年齢5カ月〜9カ月に相当する項目,(?群)発達年齢10カ月〜1歳前半に相当する項目,(?群)発達年齢に1歳後半〜2歳前半に相当する項目,(?群)発達年齢2歳後半〜3歳に相当する項目,(?群)発達年齢4歳〜5歳前半に相当する項目,(?群)発達年齢5歳後半以上に相当する項目.

?「あそび・興味」については,好きなあそび,興味を持てるものとして記述のあるものを■とした.ただし,あそびの中でも興味が特定のことに偏る,特定の場面だけでそのあそびが見られるといった場合にはとした.

 

3 結果と考察

 

 (1)発達段階の検証

 この表をもとに,「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」領域において,「いつもみられる」の記述が見られる発達的にもっとも高い群はどこかを調べ,仮にそれが?群の場合をA段階,?群の場合をB段階,・・・,?群の場合をG段階として,一人ひとりの子どもについて発達段階を推定した.

 次に,A〜Gの発達段階ごとに,ある項目の記述がみられる児童の割合を算出した.それを項目の領域・群ごとにグラフで示した(図1〜図14).

 A〜Gの発達段階と「認識・対人関係(言葉・コミュニケーション)」領域の?群〜?群の項目が記述されている割合との関連を調べ(図1〜図7),仮説として導入したA〜Gの発達段階区分の妥当性を検証する.

 各学校で作成している「実態表」は限られた文章の量で子どもの姿を表現しようとするので,「当然できること」や「とてもできないこと」が省略されていることが多い.したがって,単純に記述の割合の高さを比べるのではなく,前段階ではほとんどみられず,その段階になると急激に増加していることや他段階と比べその差が顕著であることに着目する必要がある.

 このような視点で,図1〜図7を検討すると,A段階と?群に属する項目の記述の割合,・・・,G段階と?群に属する項目の記述の割合との間で,それぞれに高い関連性が認められた.このことから,子どもたちの実態を「7つの発達段階に区分できる」とした仮説が妥当であったといっていいだろう.

図1 ?群の項目の記述されている割合

図2 ?群の項目の記述されている割合

図3 ?群の項目の記述されている割合

図4 ?群の項目の記述されている割合

図5 ?群の項目の記述されている割合

図6 ?群の項目の記述されている割合

図7 ?群の項目の記述されている割合

 

 (2)「指導のめやす試案表」の作成

 個別指導計画と集団としての指導計画,個々人の学習のねらいと集団としての学習のねらいとをつなぐものとして「指導のめやす試案表」を作成した(表2).子どもの特徴を発達段階ごとにまとめた「子ども像」,それをふまえ,実践的知見も加えて設定する「課題・活動の柱」,障害への配慮事項や「問題行動」への対処のしかたなどを取り上げる「配慮事項」によって構成することとした.

 1)「子ども像」の解明

 「生理的基盤に関すること」,「生活学習に関すること」,「身体・運動機能」,「障害・問題行動」,「あそび・興味」の各領域に属する項目について,「いつもみられる」の記述がある児童の割合をA〜G段階ごとに算定し,グラフで示した(図8〜図14).なお,ここではグラフを見やすくするために,「生活学習に関すること」を図9(「食事」「衣服の着脱など」)と図10(「排泄」)に,「身体・運動機能」を図11(「姿勢」)と図12(「移動」)に分けて示している.

 この結果を手がかりとして,「ときどきみられる」という記述の割合を必要に応じて参照しながら,発達段階ごとの特徴を「子ども像」としてまとめた.

 2)「課題・活動の柱」の設定

 「子ども像」をふまえ,実践的知見を加えて「課題・活動の柱」を設定した.

 このとき,子どもの全体的発達に考慮して学習課題を設定した.また,教育活動が系統的に構想できるように,現在の発達段階での学習課題だけでなく,発達のすじみちをふまえた一歩先の課題も取り入れた.

 3)「配慮事項」の設定

 障害への配慮事項や「問題行動」への対処のしかたなどを「配慮事項」として設定した.

 「問題行動」への対応が,対症療法的ではなく,長期的な指導方針の下でなされることが望ましいと考えた.そのために,「問題行動」を発達と障害との関係で統一的に理解するように留意した.

図8 「生理的基盤」項目の発達段階別割合

図9 「食事」「衣類の着脱など」項目の発達段階別割合

図10 「排泄」項目の発達段階別割合

図11 「姿勢」項目の発達段階別割合

図12 「移動」項目の発達段階別割合

図13 「あそび・興味」項目の発達段階別割合

図14 「障害・問題行動」項目の発達段階別割合

表1 指導のめやす試案表

 

 (3)とりくみの教育的位置づけの再検討

 経験にもとづいて,「このとりくみはこういう教育的意義があり,この発達段階の教材として位置づくだろう」と考えてきた今までのとりくみの教育的位置づけについて,「指導のめやす試案表」を使って,中心的課題との関係や発達的見通しという視点で再検討を行った.

 その結果,教育的位置づけがより明確になり,指導のポイントがはっきりしたものについて発達段階ごとに述べる.

 1)A段階

 「生理的基盤」を整える課題が,「健康なからだをつくる」ことを目的とした体育や養護・訓練など独自の時間の活動だけでなく,日常の授業において「外界の刺激を受け止めやすくする」ためにも必須なとりくみである.

 2)B段階

 定時排泄が排泄のサインの確立や自立へと結びついていくのは早くてもC段階以降である.B段階での「定時排泄」は「生活リズムづくり」の一環として位置づけた方がいいだろう.

 この段階では,外界からの刺激を受けとめやすくするために,自力ではできなくても「座位姿勢」をとらせることが大切である.

 3)C段階

 B段階における「寝返り」は目的に向かった移動ではないので,「姿勢変換」と考えられる.一方,C段階では目的に向かう「移動手段」と考えることができる.ただし,「背這い」や「異常な伸展の緊張を使った寝返り」によって体の変形が進む危険性が大きいので,それに変わる移動手段を考える必要がある.

 4)E段階

 文字の形が識別できるようになるこの段階から「文字学習」に取り組むことが多いようだ.しかし,文字が読めるようになることが時空間を隔てた人に意志を伝える「書き言葉」には直接結びつかないことは経験的に知られている.

 「文字学習」は書き言葉獲得の学習とするより,コミュニケーションを豊かにすることをねらいとした学習の一環として位置づけたほうがいいだろう.

 5)F段階

 E段階に比べ「まひ・筋緊張の異常さ」の割合が高くなっている.これは認識力が高く,肢体障害が比較的軽い子どもが通常の学級や障害児学級へ就学し,養護学校に入学していないとも考えられる.肢体障害は重くても,認識能力が高くなるので,代替手段を用いての自力移動や日常生活の自立の割合は高くなる.代替手段や自助具の積極的活用が重要である.

 文字や数量の系統的学習が可能となりはじめる.また,ものの因果関係を事実に即してとらえるようになるので「理科」や「社会」としての学習が可能となる.しかし,学習の形態については,子どもの生活と要求に基づかない教科別の学習にこだわる必要はない.むしろ文化性の高い教材に主導されて結果的に文字や数量などの獲得が進む学習形態が重要である.

 6)G段階

 系統的な教科学習を通じて基礎学力をつけることが大切な段階である.この段階の児童数は少ない(全県平均5.2%)ので,ともすると個別の教科学習が多くなりがちである.

 一方,集団での学習がとても重要な段階でもある.社会性や自治能力など人格の発達にとって必要不可欠であり,特別活動など集団編成が工夫されている.それだけではなく,仲間との共同や討論が論理的思考を鍛えるので,教科においても集団での学習が必要であろう.

 (4)各学校の「実態表」の改善

 先に県内の各肢体不自由養護学校ではすでに何らかの個別指導計画を持っているといったが,改善すべき点もみらえる.

 たとえば,子どもの実態の記述が個別的,並列的で「全体像をとらえていない」ことである.全体像がとらえられていないことは,「実態表」が学校によって「養護・訓練指導計画」の一部であることと関係していると思われる.いくつかの学校では,「指導観」という欄を設定して子どもの全体的な姿をとらえようと工夫しているが,個々の指導課題を並列したり,実態とは関係なく恣意的な指導課題を設定している場合もあって,必ずしも機能しているとは限らない.

 「指導のめやす試案表」を活用することで,個別指導計画作成において,個人の教育課題を個別的,恣意的なものではなく,子どもの全体的発達を保障する総合的,系統的なものとして設定できるだろう.さらに,長期的な視点からの指導方針が立てやすくなると期待できる.

 (5)授業づくりへの活用

 「指導の手がかり試案表」を使うことで,年間指導計画のレベルで個人の学習のねらいと集団としての学習のねらいとを関連づけることができることを述べてきた.

 その上で,さらに単元や1時間の授業というレベルでも,「指導のめやす試案表」を活用して,個人の指導計画と具体的な授業計画との関連をはかることが重要といえよう.

 この場合,同じ発達段階であっても,どの子もまったく同じ「子ども像」ということはありえない.共通する特徴や課題もあるが,独自の課題もあることに留意する必要がある.

 たとえばB段階の中には歩行を獲得している児童が存在する(8%).ものの操作に比べると,人との関係が弱い.しかし,よく見ると大人を求める行動の「芽」が見られている.そこに視点を当てたとりくみが独自の課題である.

 G段階には少人数ではあるが,自力移動ができなかったり,日常動作のほとんどが全介助という児童が存在する.受動的な生活にならないよう工夫する独自の課題がある.

 「指導のめやす試案表」を指導の手がかりとして参考にしながらも,一人ひとりの違いを大切にしなければならない.

 

4 まとめ

 

 「指導のめやす試案表」作成のもとになったデータは,著者が直接観察して収集したものではないし,統一した検査法にもとづくものでもない.にもかかわらず,以上見てきたように,「指導のめやす試案表」は個別指導計画を作成する場合に有用である.さらに,系統的な授業計画作成の参考にもでき,教職員集団で教育課程や学習集団編成を話し合うときの共通の基盤とすることもできるといえる.

 しかし,教育課程編成においては次のことに注意しなければならない.

 本来,教育課程とは,文化的価値の側面と発達的課題の側面から検討され,構成されるものである.大久保は,教育課程編成にあたって,機能論的アプローチと発達論的アプローチがあるといっている(大久保,1993).それに従えば,本稿で述べてきたのは発達論的アプローチということができる.実際の教育課程編成においては,大久保のいう機能論的アプローチからの検討を加えることや子どもの生活実態を配慮することは欠かすことができない.

 さらに,一人ひとりを大切にした教育課程を編成していく上で重要なことは,その過程で教職員の合意が形成されることである.「指導のめやす試案表」を参考にしながらも,各学校ごとの教育課程や集団編成の基準などを自分たちの言葉で明文化していくことが望まれる.

 

【引用・参考文献】

大久保哲夫(1993):教育課程編成の視点,基礎と実践 障害児教育,全障研出版部,43頁

清水貞夫(1997):授業づくりと「個別指導計画」の作成,障害者問題研究,25(3)

田中昌人・田中杉恵(1981〜1988):子どもの発達と診断1〜5,大月書店

西村章次(1996):自己対象反応の傾向からみた知的障害児と自閉性障害児の発達的,臨床的研究,風間書房

茂木俊彦(1984):教育実践に共感と科学を,全障研出版部,51頁

文部省(1999):盲学校,聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領

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